2度目の東北旅行⑧~ハルピン

旅行の最終日は、午後の飛行機までの時間をまたハルピンで過ごした。旧ロシア人墓地が今は中国人が建てた遊園地となっており、昔の聖堂がそのまま残っているとのことだったので、行ってみることにした。すると、遊園地の周辺は大きな仏教寺院(極楽寺)があり、想像以上に色々な人で賑わっていた。寺の前の大通りの先には聖堂、つまり遊園地の入り口があるのだが、バックの観覧車を背景にして、その是非はともかく、綺麗だと感じた。中国人の「利用できるものは何でも利用する」という実用思考は個人的には嫌いではなく、戦前の日本が残した施設も、ほぼそのまま生かされているのが中国のすごいところだ。ちなみにこの観覧車は、日本企業も参画して作ったものらしく、アジアでもかなりの大きさを誇るらしい。せっかくなので、観覧車に乗って、街を眺めてみた。霧(スモッグ?)によって正直あまり見晴らしがよいとは言えなかったものの、上空からロシア人墓地の跡地に建てられた遊園地を眺めて、何か考えさせられるものがあり、思いがけず貴重な体験となった。


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遊園地を出た後は、富裕な中国商人が戦前に建てた建築物が立ち並ぶ靖宇街周辺を歩いた。これらの建築は「中華バロック」様式と呼ばれる中洋折衷の建築様式に特色があり、確かに、西洋式の建築物の中をくぐると四合院を思わせるような作りになっていて面白かった。東北地方は、前回旅行した山東省などからたくさんの人々が移民をした土地でもあり、かつてのハルピンは色々な文化が混交して出来た不思議な場所だと改めて感じた。


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東北地方は中国の中でも比較的時の流れがゆっくりで、今でも過去と現代が日常の街並みの中でも交錯している場所だ。しかし、そんな東北でも、ハルビンはピッチを上げてどんどん変わりつつあることを実感した。これからの人生でまたハルビンに来る機会があるのかは分からないが、その時にはきっとまた新しい発見があることと思う。

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# by s326321 | 2017-04-04 17:04 | 中国東北旅行 | Comments(0)  

2度目の東北旅行⑦~ハイラル

北山要塞を見た後は、ハイラル市内を見て回ることにし、まず博物館に行くことにした。そこは、北方民族から見た歴史の展示が充実しており、中国の中央から見るのとはまた違った視点で中国史を見ることができた。また、東北地方はオロチョン族など他民族が住む地域でもあり、昔の写真や民族衣装などを見て、旧ソ連の映画「デルス・ウザーラ」で見たような、山の自然と一体となった人々の生活に少しだけだが触れることができた。


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博物館を出た後は、特に観光地と呼べるような場所はないので、昔日本人が住んでいたよすがを探しに、ハイラル神社の跡地や旧日本人学校などを巡った。特に旧神社跡地では、ごみが散乱しており、保存状態も良いとは言えなかったが、手水舎が今も残り、今でもそうとはっきりわかるものだったので少し感動した。普通に公園の中にあるので、多分地元の人は神社の跡地ということすら知らない人も多いと思う。柱には、文革時代と思われる「毛主席万歳」という文字もかすかに残っていて、時代の風雪に耐えてきたことを物語っていた。その後、神社跡のすぐ近くにある森林公園を散策した見た後、迷いつつ歩いて何とか旧日本人小学校前にたどり着いた。今では普通の中国人の小学校になっており、これといって何があるというわけでもなかったが、昔この辺りに日本人が暮らしていたというだけでも、少し感慨深いものがあった。


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夜は名物の羊肉料理(手抓羊肉)を食べた。食べる前に冷蔵庫の肉を見せられ、肉の質をお客が確かめた後、はじめて料理となる。塩ゆでした羊肉にたれをつけて食べるだけの料理ではあるが、日本人が生きのいい魚は刺身が一番おいしいと思うように、確かに新鮮な羊肉は出来る限りシンプルに食べたほうが良いのかもしれない。モンゴル族のミルクティーを飲みながら食べた手抓羊肉は、確かに臭みが少なくて美味しかった(ただ、野菜団子の方は、独特の癖のある香りが口に合わず、食べ残してしまったが…)。

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最後は、清明節で紙銭を燃やしている人をちらほら見かけながら、ハルビン行の夜行列車に乗るため、タクシーでハイラル駅まで向かった。ハイラルは元々「行けたらいいな」程度に考えていた場所だったが、昔の日本との関わりという点では深いつながりがある場所であることを知り、来れてよかったと思う。

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# by s326321 | 2017-04-03 22:13 | 中国東北旅行 | Comments(0)  

2度目の東北旅行⑥~ハイラル

早朝、満州里を後にし、中国で最も美しいと言われるフルンボイル草原の中継地として有名なハイラルに向かった。ハイラルに行く目的は、草原よりもむしろ昔の日本人とのつながりからだった。戦前はこのような僻地にも数千人規模で日本人が住んでいたとのことで、今でも東北最大規模の旧日本軍の北山要塞が残っている。駅に着いてから、早速タクシーに乗って北山要塞に行きたいことを伝えると、運転手に日本人であることが途中でばれて、「あそこはちょっと民族的な感情があるところだからねぇ・・」と言われたものの、特に嫌な顔をされるでもなく、草原や食べ物の話などをして目的地に着いた。

着いて驚いたのは、旧要塞の周りはすでに大草原であり、しかも戦車(本物と模型が混在)が丘を登ってきている光景がいきなり広がっていることだった。はじめは中国軍かと思ったが、よく説明を見ると、中国の戦車ではなく、これは旧ソ連軍の戦車であるとのことだった。そして、そのたくさんの戦車の前で家族連れがのどかに写真を撮りあっていた。いきなり度肝を抜かれたが、戦車マニアだったらきっとたまらない光景だったと思う。


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旧要塞は今は博物館になっているのだが、愛国主義教育拠点となっているため、軍の制服を来た係員が対応をしており、いかめしい感じがした。要塞の内部に入るまでは、緊張の続いたハイラルの歴史や暮らしの展示がなされていたが、一緒に回っていた中国人の家族連れは暮らしの展示の方により関心を持っていて、特に子供は日本人が昔使用していた生活用品に興味津々な様子だった。

要塞の内部は、思った以上にきっちりとした作りになっており、薄暗く不気味な感じがするものの、よくここまでのものを作ったものだと感心させられた。要塞の中には、きちんと排水溝がめぐっており、食堂・医療室や通信室などもあった。先が見えない細い道もあり、歩いていくとまさに闇の中を突き進んでいく感じで、途中で本当に化けて何かでてきそうな感じがしたので、少し進んでからすぐ引き返した。


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要塞を出て、戦車が並んだ草原を眺めながら、ここから南に200キロほど離れた場所で起こったというノモンハン事件について、司馬遼太郎氏が書いていたのを以前読んだことを思い出す。司馬遼太郎は戦時中に戦車隊へ配属されていた体験もあって、かなり旧日本軍に批判的で、いかにノモンハン事件での日本の戦車がソ連の装甲車に比べて劣っていたか、ひどい作戦であったかということを語っていたのを覚えている。ネットで見ると、色々な意見もあるようだが、こんな辺境の地で何万人も死ぬことになってしまい、しかもその事実が当時伏せられてしまったことは、やはりひどいとしか言いようがないと思う。

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# by s326321 | 2017-04-03 16:09 | 中国東北旅行 | Comments(0)  

2度目の東北旅行⑤~満州里

予想外に国門観光が早く済んでしまったので、残りの時間で内モンゴルで最大の湖である呼倫湖に行くことにした。新たに捕まえたタクシーの運転手は自分と同じ年頃の男性で、満州里や草原の美しさについて色々語ってくれた。話の中で、草原は夏だけではなく冬も美しいことを知り、草原が一面の雪景色になる光景を想像して、一度は見てみたい気持ちになった。草原の中に突如現れた湖は湖面がやはり凍っており、とても壮大で不思議な光景だった。湖のほとりに来てから少し経つと、中国人の女子学生2人組も来て、「学生さん、写真を撮ってあげましょうか!?」と言われたので、凍り付いた湖面の上でお互いに写真を撮りあった(本当はアラサー社会人なのだが…)。「何だか天国にいるよう」と女子学生が形容していたが、確かに地面が白く雲のように見えるので、それもいい得て妙だと思った。


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湖の景色を堪能した後は、寺院と教会を巡り、市内に戻った。建物自体の歴史はよく分からないが、草原の真ん中に宗教施設があることは、それ自体が何か特別な感じがして新鮮だった。

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夜は、市内に戻り、満州里名物のディナーショーを見た。ロシア人の踊り・モンゴルの歌・楽器演奏などバラエティー豊かでとても見ごたえがあった。休み中ということで、家族連れも多かったが、男性向けの結構セクシーな衣装を着たショーもあり、女の子を連れたお母さんがどういう気持ちなのか、他人事ながら少し気になってしまった。女の子はノリノリだったが・・。


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夜も更けてから、貨物列車の様子を見てみようと駅の歩道橋の近くまで来たが、歩道橋のすぐ先は経済発展に取り残された全く別の世界が広がっていることを思い出した。駅の周りの治安が悪いのは都会では共通なので、周囲に警戒しながら、一枚写真を撮ってから足早に立ち去った。しかし、同じ街の歩道橋を挟んだだけで、ここまでの経済格差があって、問題はないのだろうか。政策的にもう少し何とかなりそうな気がするが、なぜ南側があそこまで貧乏なままなのか、よく分からない。


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# by s326321 | 2017-04-02 14:37 | 中国東北旅行 | Comments(0)  

2度目の東北旅行④~満州里

市場を見た後は、中ロ国境のある国門までタクシーで向かった。町を出ると、10分ほどですぐに草原が広がっており、あっという間に国境地点まで着いた。しかし、国門景区の入場券売り場で「外国人は入国禁止なの」と女性職員から申し訳なさそうに言われたため、仕方なく遠くから国境地点を眺める。その後、すぐ近くにある「中ロ互市貿易区」に行ったが閉まっており、階段で座っていたおばさんに聞くと、今は閑散期であるため閉まっているとのこと。結局、タクシーの運転手に連れられるまま、中国風の北国第一門で記念写真を撮って、引き返すことになった。

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この国門観光の際、市内と国門との間にあるため、必ず寄ることになるのが「マトリョーシカ広場」だ。世界最大のマトリョーシカがあるという触れ込みで作られたテーマパークだが、ここもあいにく閉まっていた。しかし、遠目からでも何とも言えぬ「がっかり」感が漂っており、入り口だけ見れたでも十分だったかな、と思う。これはこれで、ネタとしては面白いと思うが…。

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# by s326321 | 2017-04-02 14:19 | 中国東北旅行